私は仕事が大好きだった。働いて成果が出ること、責任のある仕事を任されること。
営業職はつらく厳しいことも多かったけどやりがいを持って働いていた。子どもが生まれても今まで通りで続けられると思っていた。
子どもが生まれても、
「きっと今まで通り続けられる」
そう、思っていた。
でも現実は違った。
夫の仕事の関係で、育児の比重はほぼ全て私にかかった。
1歳未満で保育園に預けた子どもはよく熱を出し、保育園からの呼び出しは突然やってくる。
大事な会議を後輩に任せたり、直前で予定をリスケしたりすることも増えた。
それと同時に、育休復帰後、私は管理職から外された。
仕事と育児の両立を考慮して・・・という理由だった。当時は育休から復帰する女性で管理職ルートに戻れる人はいなかった。
「こんなはずじゃなかったのに」
そう思う自分と、
それでも働くことを諦めたくない自分が、毎晩心の中でぶつかっていた。
育休復帰後の現実
育休復帰前には、必ず上司との面談があるのが普通だ。私の元上司はすでに転職していたため、別の上司が対応する予定だった。
でもその上司は、面談当日に来なかった。
急用が入った、とのことだった。1歳にならない乳児を連れて、1時間以上かけて職場に行ったのに。
これが10年働いた者に対する対応なのか。当時は率直にそう思った。
今なら分かる。
恐らく緊急の商談か、クレーム対応か、社長からの呼び出しか。長年一緒に働いていた部下なら事情を分かってくれると、その人はそう思っていたのだろう。
でも、当時はショックだった。ぞんざいに扱われる感覚が、じわじわと胸に広がった。
急遽対応してくれた別の上司は「ようやく戻ってくるんだね」と言い、「ごめんね、何もわからなくて」と続けた。
私より前に何人もが産休・育休を取って復帰するのを見てきた。だから分かっていた。
マネージャーとして部下数人をマネジメントしていた私が、そのポジションには戻れないことを。
提示された復帰後のポジションは、私より前に復帰した人たちと同じだった。
アカウントマネージャーーー特定顧客との関係構築と維持を目的として置かれる担当者だ。
つまり、ほとんどメンバーと逆戻りだった。
そのポジションは、私が新卒時代に経験した場所だった。丸3年間仕事漬けの毎日を送って、学んで、成果を出して、そこから管理職へと上がってきたあの頃の・・・ただのイチ営業職。
10年かけてたどり着いた管理職というポジションだったのに、また新卒時代と同じ仕事に戻るのか。
絶望した。
それでも動けなかった理由
そのポジション提示の覚悟はしていたし、実際に拒否権もなかった。
給与は下がる、管理職でもない。
でも、5時間の時短勤務ができる。
大手の企業ならではの福利厚生もある。
同じポジションで復帰してがんばっている先輩や同僚もいる。
普通に考えれば、拒否する理由はなかった。
私も「がんばってみよう」と思っていた。
それに、乳児を抱えた人間を採用してくれる企業なんてない。人材業界に身を置いていた私にはそんなこと100も承知だった。
何より、1社目だった私には「初転職」というカードがあった。
このタイミングでそれを切ることが、どうしてもできなかった。
転職市場では、新卒から一定期間以上働いてから初めて転職する人材は高く評価される。
20代、マネジメント経験あり、プライム市場の管理職、営業経験者。
そのカードを持つ私は、当時はいろんな会社を選べる立場にあった。
だからこそ、乳児を抱えたこのタイミングで切るカードではなかった。
それでも動いた理由
それでも私は復帰後、9ヶ月で転職をした。
当時辞めることを上司に報告したら
「頭がおかしいのか」「子どもがいる状態でベンチャー企業なんかに・・・正気じゃない」「考え直せ」
と言われた。
賛同してくれる人は、ほとんどいなかった。
一方で、私より先に復帰していた先輩たちは驚き、そして羨ましがった。「話を聞かせてほしい」と言ってくれた。
みんな転職という決断ができなくて、悶々としているのは感じていた。
なぜ、動いたか。
やはり私にとって仕事は、ただやり過ごすだけの場所ではなかった。
成果を出して、お客様に喜ばれる。そのやりがいが、私のアイデンティティそのものだった。
その思いがどうしても消せなかった。
ただ、ただそれだけだった。
同じ気持ちを抱えているあなたへ
仕事を諦めたくない、でも動けない。
そんな気持ちは弱さじゃないと思っています。
かつての私がそうだったから。
あの頃の私には、背中を押してくれる「同じ経験をした人の話」が必要でした。このブログがそんな存在になれたら嬉しいです。
私の転職の話はまだまだ続きます。
失敗も、後悔も、全部ここに書いていきます。
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