今日は少し時間を遡ります。
転職の話を書き続けてきましたが、その前に「なぜ私がこんなにも働き方にこだわるようになったのか」という原点の話をさせてください。
2013年に私は結婚しました。社会人4年目のことです。当時ちょうど第一次結婚ブームが来ていました。社会人になって少し落ち着いた頃、高校の同級生や会社の同期の中でも結婚する人がちらほらいました。
私は仕事が好きで順調に結果も出していた。でも結婚をきっかけに、働き方が少しずつ変わっていきました。
変わったというより、変えざるを得なかった。
その経験が、今の私のすべての土台になっています。
同棲して通勤時間が20分から1時間に。その代償
職場の近くに住んでいましたが、同棲のタイミングで遠くに引っ越してしまったため通勤時間が20分から1時間と大幅に増えてしまいました。
当時はリモートワークはなく、残業も当たり前。
営業職である以上、性別は関係なく結果が全て。最初の半年は同棲前と同じように働いていましたが家に着くのは深夜0時を過ぎる毎日。
疲れ果て、髪を乾かすのも億劫で風量MAXと謳われているドライアーを購入し自分の身支度の時短を試みたり、金曜日になると疲労のピークで化粧を落とさないまま布団にダイブしていました。
毎日朝6時には家を出る日々。ほぼ始発の電車で座れるのが唯一の救い。そんな日々を過ごし心身ともに限界が近づいていました。
「時短」という名のフルタイム
これ以上はがんばれないと思った私は、上司に「働き方を見直したい」と伝えました。
まだ管理職になる手前、立場は主任。ノルマも大きく後輩指導も忙しく、多忙を極めていた時期のことです。
上司からは「昇進が遅れる」「主任で時短は前例がない」と言われました。
でも結婚し、子どもを授かることを視野に入れていた私には迷いはありませんでした。
保守的な会社で前例のないことを押し通すのは簡単ではなかったと思います。それを認めてくれた上司には今でも感謝しています。
そして会社として初めての時短勤務が認められました。
目標数字は約1割強下がりました。でもその実態は顧客はそのまま、業務量も変わらないまま、ただ18時に上がるだけ。7時から18時勤務、もはや時短とは言えない状態でした。
毎日終電まで稼働していたのが、物理的に18時に帰宅しなければならない環境になりました。
でも目標はたったの1割ダウン。
私自身の稼働がパンクするのは目に見えていました。
一方で「時短でも目標達成した」と都合よく使われる。違和感しかありませんでした。
時短の代償と、大きな決断
以前の記事にも書きましたが、入社1年目で同期トップの成績を出した私が、時短勤務を選んだことでどんどん同期に昇進を抜かされていきました。
最後から数えた方が早いくらい、1年間昇進することはありませんでした。
後から分かったことですが、時短を選択している限り課長にはなれない、というのが実態だったようです。
数字を達成しても評価はされない。私より成果が芳しくない人の方が先に昇進していく。
その現実を目の当たりにして、私の中の何かが崩れました。
その間に妊娠すればまだ救われたかもしれません。でも結婚してすぐ妊活を始めたにもかかわらず、そこから3年間妊娠することはありませんでした。
昇進もしない。毎月の生理に気を落とす。人生の中でもなかなかに辛い日々でした。
27歳で結婚し、妊活3年、時短1年。
1年間はなんとか耐えました。でもそれ以上は耐えられなかった。稼働時間だけ減らされ、給与も下がり、昇進も遅れ、それでも数字は達成し続ける毎日。正常ではいられませんでした。
だから私は、働き方を元に戻しました。
新部署へ、そして転機
会社への信頼感が限りなくゼロに近づいていた頃、新規部署への異動が決まりました。
完全にやさぐれていた私の手を引いてくれたのは、社内で唯一頭の上がらない恩師でした。
正直に言えば、おはちが回ってきた側面もあったと思います。新規事業の立ち上げで、恩師も信頼できる部下が必要だったのでしょう。その白羽の矢が私に立ちました。
この恩師との話はまた別の機会に詳しく書きますが、このタイミングで声をかけてもらえたことが私の転機になりました。
新規部署に移ってから約半年で管理職に昇進しました。同期から一周も二周も遅れた昇進でした。ただ、時短中に1年間昇進できなかったことを思えば、あっという間のことでした。
管理職として部下のマネジメントと数字管理をこなしながら、並行して不妊治療を続けていました。時短では無くなったのでまた終電の毎日。
身体はしんどく、新しい部署で頭を悩ませる日々でしたが、恩師の理解もあり通院と仕事を両立させていました。
そこから約2年後、妊娠がわかりました。不妊治療を経て授かった第一子です。
管理職になってすぐ妊娠?異動してすぐ妊娠?と思われる方もいるかもしれません。
でもここに来るまでに8年かかりました。
同期に昇進を抜かされながらも辞めず、ノルマの未達は数えるほど、毎日15時間労働。
もう報われてもいいのではないか、それが本心でした。
後悔はない。ただ一つを除いて
私自身が進んできた道に後悔はありません。
人生は選択の連続です。今の生活があるのは、全て私たち自身が「選択して」成り立っています。
だから私は自分の選択に後悔していません。
ただ、唯一今でも引っかかっていることがあります。
それは「1社目の会社で産休・育休を取ることにこだわりすぎていたのではないか」ということです。
「こんなに尽くしたのだから報われないと割りに合わない」「ここまで来たのだから」と意地になっていたのではないか。
一般的に新卒3年で転職というのはよく聞く話です。でも私はその時点で8年。もっと早く転職という選択肢を取っていれば、遠回りせずに済んだのではないか。
今でもそう思うことがあります。
もし今「ここまで来たのだから」と意地になっている人がいたら、一度立ち止まって考えて欲しいです。会社への執着より、自分のキャリアを優先していい。
もっと自分本位でいい。
世の中に会社は300万社以上あるけど、あなたの人生はあなた一人だけのものだから。
この続きは以前書いたこちらの記事をどうぞ

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